僕達の願い 第5話


黒塗りの車が3台、枢木神社前の駐車場に止まったのを境内から確認し、焦る気持ちを抑え、長い階段を降りた。今日来ることは知っていた。
時間を正確に覚えていなかったから、今日は朝からずっと待っていたのだ。
やっとだ。
やっと、逢える。
駐車場に着くと、あの頃も目にしたSP達が、何やら荷物を車から降ろし、此方には目も向けずに荷物を手に階段を登り始めた。
相変わらず失礼な連中だが、あいつらには興味はない。
3台のうち2台が彼らか。ならもう1台に二人がいるはずだ。
なかなか降りてこないその車に、ゆっくりと近づいた。
スザクと藤堂は本来は過去と呼ぶべき未来の記憶を持ってるが、彼らもそうとは限らない。
あの時は、初めて会ったあの日に殴ってしまった。
何も知らずに彼を罵り、手を出した。
それでも、友達になれた。
ならば、ちゃんと手順さえ踏めば、また友達になれる。
嘘を纏う前の、互いを疑い、敵として見る前の本当の友達に。
砂利を踏みしめ、ゆっくりと車へ近づくと、運転席のドアが開いた。
降りてきた男を目にし、思わず足を止めた。
その男もまた驚きの眼差しで、此方を向いていた。
あの時居なかったはずの人物。
いや、もしかして来ていたが、すぐに此処を立ち去ったのか?それは分からない。
運転していたのは、あのゼロレクイエムの共犯者。
青い髪とオレンジの瞳を持つ、彼の忠義の騎士。
あの頃よりも随分と若い。
バタンと車のドアが閉めると、その男は口を開いた。

「・・・失礼を承知で尋ねるが、貴公は枢木卿か?」

決して子供に向けるものではない、此方を探るような瞳とその呼び方で全てを悟った。

「お久しぶりです、ジェレミア卿」
「っ!やはり貴公も記憶が」

その顔に歓喜が浮かぶ。

「はい。ジェレミア卿もあの時代の記憶があるから、二人と共にこの国へ?」
「ああ、当然だ。私の忠誠はただお一人に」

真摯な瞳を向けそう告げる男に、ああ、この人は10年前と変わっていないなと、安堵した。なるほど、護衛とはジェレミアか。
クロヴィスに仕えるという道ではなく、ルルーシュを選んだか。
これは心強い。
それと同時に、自分たち以外にも記憶を持つものが居るということでも解った。
だがこれで自分と藤堂、そしてジェレミア。
不安は尽きないが、守るべき剣が増えたと今は喜ぶべきだ。

「貴方が共に来てくれて助かりました。今のこの国はブリタニア人には辛い土地です」
「心得ている」

そう言うと、ジェレミアは後部座席のドアを開いた。
彼が運転していたなら、やはり此方に二人がいる。
ナナリーはジェレミアに任せて車椅子を運べばいいか。
荷物は後でいい。
そう思っていると、菫色の瞳の少女が、転がるように後部座席から降りて、此方に向かって走ってきた。
ミルクティのような柔らかな色のくせ毛を頭の横でまとめた幼い少女。
その姿はよくしっている。
だが、走って?
その少女が自分の足で立つ姿など見たことはない。
これが初めてだった。
驚き目を見張ったこの体に、少女は体当たりをするような勢いで抱きついてきた。

「スザクさん、良かった。スザクさんにも記憶があるんですね!」

その言葉で、彼女にも記憶があることはわかった。
だが、頭が混乱していた。
小さな体を受け止め、両腕をその背に回しながら、ゆっくりと車の方へ視線をむける。
マリアンヌ皇妃の御子は瀕死の重症を。
それをナナリーだと、思いこんでいた。
半分開いた後部座席のドアの奥に、座席に横になっている黒い髪が見え、ざわりと背筋が震えた。
そっとナナリーの体を退け、無言のまま車に近寄る。
二人は何も言わず、ただスザクの動きを見ていた。
ゆっくりと後部座席に足を踏み入れた瞬間、全身に電流が走ったような衝撃を受け、慌ててその小さな体に駆け寄った。

「ルルーシュ!ルルーシュ!なんでこんな・・・っ!ルルーシュ、起きてっ!!起きてよっっ!!」

まるで死人のように蒼白な顔。
顔にも体にも、包帯が巻かれ、視界に見える肌には生々しい傷跡がいくつも刻まれていた。
顔の中央から左半分は包帯に隠され、幾つもの醜い傷の残る右の頬に触れるが反応はなく、その体温はひどく低く冷たかった。それなのに、玉のような汗が浮いている。
青白い顔で横たわる彼のその瞼は固く閉ざされ、眠っているとは思えないほど呼吸が荒い。
あの白く美しかった肌に刻まれた幾つもの赤黒い傷。
震える指で、その頬の傷をなぞる。
フェイクではない。
間違いなく全て本物の傷だ。
何だこの傷。
間違いない、刃物によるもの。
刃渡りの広い、鋭利な刃物。
・・・顔だけなのか?
体にかけられた毛布を捲り、隠れていたその手を取った。
手には幾重にも巻かれた包帯、体に触れると違和感がある。
まさか。
ジェレミアの制止の声が聞こえるが、無視をしてボタンを外しその体を確かめる。
そこにも包帯。そして目を覆いたくなるほどの無数の傷。

「なっ、なんで!?だってナナリーは足は撃たれて、ギアスで目を閉ざされたけど、こんなっ!ルルーシュ!ルルーシュっっ!」

自分の声が、彼に触れる手が、滑稽なほど震えていた。
一体この小さな体にどれほどの傷を負ったのだろう。
よくこれだけの傷を負って生きていたものだ。
そうだ、瀕死と書かれていた。
重症だけではなく、瀕死と。
もしかしたら、再会すること無く死んでいたかもしれなかった。
そのことに気づいた途端視界が赤く染まるのを感じた。

「誰がこんな!ジェレミア卿っ!」

ドアの向こうから心配そうな顔で此方を伺っているジェレミアに、怒鳴りつけるように僕はそう尋ねた。

「枢木卿、話は後だ。今はルルーシュ様を早く休ませなければ」
「スザクさん。お兄様の様態はまだ安定していないのです。それなのに・・・せめて、お兄様の容態がもう少し安定するまで待ってとお願いしたのですが、予定に変更はないと、今日、飛行機に乗せられてしまいました」

よく見ると、ナナリーの顔は泣きはらして赤くなっていた。今も悲しげな、泣きそうな表情で告げるその内容に、何でそんなと、思わず首を横に振った。
こんな体で飛行機に乗り、車に揺られたのだ。容態が悪化して当然だった。
あり得ない。こんな状態の息子を、人質に!?
殺すつもりだとしか思えない。
これで愛しているなど良く言ったものだ。
今此処に皇帝が居たら、その息の根を止めてやるのに。
だが今はそんなことを考えている場合じゃない、優先すべきはルルーシュだ。

「・・・ジェレミア卿、ルルーシュをお願いします。部屋は用意してありますので」

自分の手で運びたい。その衝動をどうにか抑える。
この体は彼を支えるには小さすぎた。
少しでも彼の体に負担をかけずに移動させなければならない。

「部屋?土蔵ではないのですか?」

土蔵で暮らすことを前提に来ていたのだろう。
不思議そうに聞いてきたナナリーに、僕は頷いた。

「うん。今回は大丈夫だよ、ちゃんと家の中に部屋を用意しているから。そちらに運んでください。ここにある荷物は、家の者に運ばせますから、鍵をもらえますか」
「ああ、ではこれを」

ジェレミアから車の鍵を受け取ると、車に鍵をかけ、ルルーシュを腕に抱いたジェレミアとナナリーを促し、あの長い階段を登った。

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